「胞子文学名作選」感想

胞子文学名作選

胞子文学名作選

大好評『きのこ文学作選』の姉妹編。苔、羊歯、きのこ、カビ、麹、海藻…「胞子」をテーマにした小説や詩を収録。

いやー、これは収穫でした。キノコだけにね!


収穫1:小川洋子「原稿零枚日記」抄
「苔料理専門店」にまつわる冒頭部分の抄録。

普段なら手にしない作家です。芥川賞作家 → 純文学 → 自分には理解できない、という純文学への偏見が私には根強くあって、小川洋子さんについては「博士の愛した数式」(未読)を書いた人ぐらいの知識しかありませんでした。

ところが、本作の日常と幻想が交じり合う世界にどっぷりとはまってしまった。凄い!凄い! 一文一文の描写が繊細で、虚実が混沌としてきて、まさに幻想小説。ちょっとユーモアが感じられるのもいい。

本書では抄録なので、いつか読み通そうかな。「博士の愛した数式」もベストセラーだし、ちょっと気になったり。

収穫2:太宰治「魚服記」
太宰治も純文学ジャンルなので、なかなか手にしようと思わないのです。

でも、こうやって読んでみると面白かった。巻末に「上田秋成『雨月物語』に想を得ている」と紹介されていて、半年ぐらい前に「6すごい話 (小学生までに読んでおきたい文学)」で読んでいたこともあり、より興味を持つことができました。

収穫3:栗本薫「黴」
初出がSF誌に掲載されていたということで、SF作品(私はSFに疎いので、作品のSF認定ができないのです)。

もしかして栗本薫さんの小説を読んだのは初めてかもしれません。「グイン・サーガ」はアニメで見ていた覚えはあるけれど。ただ、中島梓名義の評論はいくつか読みました。特に「コミュニケーション不全症候群 (ちくま文庫)」は素晴らしい評論で、今でも読む価値のある本だと思います(強くオススメ)。

さて、本書収録の「黴」という短編は、カビの増殖と人間の危機……が非常にスリリングにギュッと凝縮されていて、良質なエンターテインメント作でした。短編ドラマで見てみたくなります。「世にも奇妙な物語」みたいなドラマ枠がもっとあればいいのに。

収穫4:尾崎翠「第七官界彷徨」
これはもう、自分の読書歴(浅いけど)に残る大傑作でした。

実は10年ぐらい前に一度読んでいるはずなんですが、内容を覚えておらず、でも「良かった」という記憶だけは残っていました。もともと本作を知ったのは、谷山浩子(シンガーソングライター)さんの音楽で取り上げられていたからです。

今回、読み返してみたら、なんとまあ「凄い」作品でした。以前読んだときに、なんでもっと強い印象が残らなかったのか不思議でなりません。自分の感性が変わったのか、どうなのか。

非常に「匂い」が漂う作品です。第七官を求めているのですから、五官(五感)すべての描写がされているのかもしれません。
この作を批評することなんて自分にはできないので、とにかく読んでもらうしかない。他作を引き合いにだすのもどうかと思いますが、大島弓子さんのような少女マンガ好きならハマると思います。

なお、本書は「旧字旧かな」なので読みにくいかもしれません(読書通には怒られそうですが)。各種文庫版では「新字新かな」のようです。

他の尾崎翠作品も読んでみたくなったので「尾崎翠集成〈上〉 (ちくま文庫)」あたりを「いつか読むリスト」に入れておくことにしよう。

ところで、今まで作者名を「おざき」と読んでました。「おさき」なんですね。


上記4作品以外にも、自分の趣向では積極的に手にしないであろう作品が読め、それが意外と面白く、「あれ、純文学も面白そう」となりました。

アンソロジーは楽しくて良いなあ!